「心、体、生活を素に。」

〜2015 秋に卒酒した 元キッチンドリンカーのつぶやき(月一更新)〜

「ケンシュビト(嫌酒人)になりたいの」~NMB48市川美織風~

古い本にアルコール依存症者に警告している(らしい)詩 がありました。

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災いに遭っているのはだれか。
不安を抱いているのはだれか。
口論をしているのはだれか。
心配をしているのはだれか。
理由もなく傷を負っているのはだれか。
目の鈍くなっているのはだれか。

それはぶどう酒と共に長い時を過ごす者,
混ぜ合わせたぶどう酒を捜し出すために入って来る者たちではないか。

ぶどう酒が赤色を呈し,
杯の中できらめきを放ち,
なめらかに流れるとき,
これを見てはならない。

それは終わりには蛇のようにかみ,
まむしのように毒を分泌する。

あなたの目は奇妙なものを見,
あなたの心はゆがんだことを話す。

そして,あなたは必ず,
海の真ん中に横たわっている者のように,
帆柱のてっぺんに横たわっている者のようになる。

「彼らはわたしを打ったが,わたしは病気にならなかった。
彼らはわたしを殴ったが,わたしはそれに気がつかなかった。
わたしはいつ目覚めることだろう。
わたしはさらにそれをもう少し求めるであろう。」

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同じ本の中に
よく胃の病気にかかる人に
「ぶどう酒を少し用いなさい。」
という部分もありました。


私は若い頃5年くらいタバコも吸っていました。
タバコは一旦やめたら嫌悪感がわくほど、
もう吸おうとは思いません。
脳が自然と欲しがらない感じ。
タバコは全くの毒だってことを脳は知ってる。

そこを踏まえてもう一度お酒に戻って考えると
お酒は良質のものを少量なら体にいいというのは間違いじゃないみたい。
だからいつまーでも脳が欲しがる気持ちと戦わないといけないんだ。

「いつも 適量で収まるのなら、
飲む日と飲まない日が簡単に守れるなら 飲みたい。」
という気持ちと戦わないといけんないんだって思います。

でも自分はたとえ養めい酒であっても
一旦以前のように酔いを求めて飲んでしまえば
眠るまで飲み続けると思う。
効能のために飲んでる訳じゃないから。

ほかにも

「あなたの右の手があなたをつまずかせているなら,
それを切り離して捨て去りなさい。
全身がゲヘナ(這い登ることのできない死の谷)に落ちるよりは,
肢体の一つを失うほうがあなたにとって益になるのです。」

ともあるので

それらを総合して考えると

アルコール依存症者である私は
アルコールを欲しがる右手を切り落としてでも
「飲まない」

自分を好きでいられる自分でいるため。
家族のため←あまりここに重きをおくと私はしんどい。

のみすけさんのブログを毎日読んでいて
のみすけさんのように酒を大嫌いになりたいのに、
そうなってくれない自分

でも落ち込まなくていい。

そうなりたいと願う気持ちは持ち続ける。

「フレッシュレモンになりたいの💕」と言い続けてる
NMB48 市川美織ちゃんのように😄

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最近はまってる「みっくちゅじゅーちゅいちご」を甘味に利用した
手作り やさいみっくちゅすむじー♪(^◇^)

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