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「心、体、生活を素に。」

〜2015 秋に卒酒した 元キッチンドリンカーのつぶやき(日曜更新)〜

悲しみも素面で。。。

6年前、看護師としてパートで働いていました。
クリニックの午前のパートで
震災の時は家にいました。
リアルタイムの映像で
ショックを受け
夫も私も有事には特に仕事場にいかないといけないと思うと
子供は不安だろうなと。
本当は職場での人間関係がうまくいってなかったから
やめる理由が欲しかったのかも。
震災の後しばらくしてやめて、
他の職種で震災等になったら必要なくなるような仕事を選びました。
看護職は嫌いじゃなじゃったので
少し淋しかったですけど、ホッとしました。

***************

この月曜日、新幹線に飛び乗って、主人の実家のある街に行ってきました。

夫の従兄弟(お兄さんと呼んでいました)の危篤の知らせがあったからです。

夫は仕事で海の上、連絡もできないので一人で行きました。
 
お兄さんは、 若い頃事故が原因で胸から下が麻痺していました。
事故の際、入院していた病院で働いていた方(お姉さんと呼んでいます)と結婚され、地域のみんなから信頼され、賢くて、人柄も朗らかで
みんなの相談役のような存在でした。

私が新婚で若かった頃、義母の体調が悪くて
何ヵ月か実家でお手伝いをすることになりました。
夫もまだ若く、私の気持ちを理解する余裕はなく 
義父の機嫌ばかり気にしていました。
私は子供を背負って家の用事をする毎日で心身ともに疲れ
実家から500メートルほどの
その従兄弟夫婦のところに行っては話を聞いてもらっていました。
アドバイスや注意された覚えはなく、
ただ、話を聞いてもらっていたんだなぁと
そうしてもらうのがベストだったんだなって
年を取るにつれ、わかってきました。 

 
そのお兄さんが、、、、
着いたら亡くなっていました。
もう息をしていないお兄さんの顔を見て
「間に合いたかった。一言お礼が言いたかった。」
お姉さんにそう伝え、ホロホロと涙が出ました。
お姉さんは
「痩せてるでしょう。、、、、、、遠いのにありがとうね。」
と、少しの間、涙を誘ってしまいましたが
闘病が長かった分
しっかり看病し看取った
やれることはすべてやった という感じが伝わってきました。

すぐに家族葬のお通夜に入りました。
「貴重品は持っといてね。」
とお姉さんに言われ、
「あ、はい。」
と私。あわてて置いた荷物から
置いといてはいけないものをまとめて持ちました。
お姉さんの気丈ぶりに感心しました。流石です。

少し席で他の親戚とお話したあと
控え室で義姉とまだ小さい義姉の子供たちとご飯を食べて、
なるべく静かに過ごしました。

6才年下の兄嫁の労をねぎらって、日頃の感謝を伝えました。

夫の実家に一泊して(全然眠れなかった)
お姉さんにことわってお葬式は失礼して
火曜の朝、早い時間に帰路につきました。

亡くなったお兄さんは
生前、車椅子に介助で座らせてもらうと
食事はなんとか自力でできておられました。
いつも笑顔で、
物事の捉え方が大きくて
焼酎がお好きで
誰かが帰省すると
お料理上手で手際の良いお姉さんの料理で
自宅での「のんかた」ーこちらの方言で飲み会ー
が大好きでした。

胃癌でした。

お兄さん、ありがとうございました。

しばらくしたら   また  違うカタチでお会いできると信じています。
それまで安らかにお眠りください。

********************

家の戻ってホッと一息
ここで以前は解放感で
いつもより余計に飲んでいましたが
お茶と甘いもので大丈夫でした。

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